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広島地方裁判所 昭和40年(わ)493号 決定 1965年12月13日

被告人 甲

決  定 <被告人氏名略>

右の者に対する強盗致傷被告事件につき、当裁判所は検察官鈴木芳一出席のうえ審理をして、次のとおり決定する。

主文

本件を広島家庭裁判所に移送する。

理由

本件公訴事実の要旨は、「被告人は白正男外一名と共謀のうえ、昭和四〇年七月二日午後四時ごろ、広島市舟入本町五番一二号パチンコ店朝日会館こと西村富江方において、磁石を使いパチンコ打玉を当り穴に誘導する方法により、同女所有のパチンコ玉を窃取中、同館の従業員岡崎定則に発見されて、同人から右手を掴まれ、前記磁石を取り上げられるや、これに反抗しかつ逃走しようとして互いにもみ合いつつ、同会館より五〇メートル位離れた路上まで到つた際、逮捕を免れるため被告人において手拳で、右白において所携の煉瓦でそれぞれ右岡崎の顎部、左側頭部を突き上げ殴打する等の暴行を加え、同人の反抗を抑圧して逃走しようとしたが、その際右暴行により同人に対し加療約二週間を要する左側頭打撲症の傷害を与えたものである。」というのであつて、右事実は当公判廷で取調べた各証拠によつて明らかであり、被告人の右所為は刑法第二四〇条前段、第二三八条、第六〇条に該当する。

そこで、以下被告人の処遇について考えてみる。被告人は幼時父と死別し母親の盲目的愛情のもとに貧困且つ放任状態において育てられそのうえ環境が不健全で学習意欲にも欠けていたため、中学生ごろから漸次非行化し、在学中に暴力的行動が多かつたが、卒業後も職工、パチンコ店々員、とび職手伝いなど転々と職をかえ、仕事に対する忍耐を欠くとともに、怠情放縦な生活を続け、また不良仲間との交友も断ちきれないまま非行を重ね、その間、昭和三六年一二月二一日賭博により保護観察に付されたがその効なく、恐喝、窃盗等の各非行を重ね試験観察処分を経た後本件犯行に至つたものである。右のような経歴にもみられるように、被告人は情緒不安定で劣等感強く意志欠如的性格偏倚を有することが認められる。

以上の事実によれば、被告人の非行性は相当高度であり、前記性格的欠陥と相まつて、保護処分による矯正効果を期待することは必らずしも容易ではないといわなければならない。しかし他面、前記各非行はいずれもそれほど悪質なものとはいえず、従つてまた、これまで少年院等の施設に収容されて矯正教育を受けた経験がなく、その非行性は末だ完全に性格化したものとまでは認められず、また、年令的にも成年に達するまでにはなお一年の期間があり、精神面においても少年らしい未熟さがうかがわれ、しかも被告人の前記のような性格的欠陥は末だ必らずしも抜き難いものとはいえないこと等からすれば、現段階において、被告人に対し保護処分による更生を断念するのは尚早であるというほかなく、今後施設収容等による強力な保護、訓育を試みてその非行性を除去し、且つ生活環境を調整することによつて被告人を更生の途に進ましめるべく努力するのが相当であると考えられる。

なお、付言するに、本件はその法定刑からみても極めて重大な犯罪といわなければならないが、その発端は、好奇心から磁石で不正にパチンコ玉を取得していたのが発覚したことにもとづき、とつさに公訴事実の如き犯行に及んだもので、むしろ機会的、偶発的な犯行ということも出来るのであり、かつ被告人は手拳で被害者を一回殴打しただけで、傷害の結果は共犯者白正男が煉瓦で殴打したことに基因し、しかも右傷害も全治二週間を要することにはなつているが、裂創、切創等を伴わず、僅かに膨隆した程度の打撲症(軽い血腫)で、患部に湿布をした位の治療で治癒したほどであつたこと、そして被告人の本件犯行における役割は、右共犯者に対比してやや従属的であつたことが認められるのである。ところが、本件で被告人を仮に刑事処分に付するとすれば、酌量減軽しても短期三年六月以上の不定期刑という重刑を科するを余儀なくされるのであつて、かかる措置は前記のような性格、経歴を有する被告人に対して刑事政策上の見地からも妥当な方法であるとはいい得ないのである。

以上の次第であるから、この際被告人を直ちに刑事処分に付するよりも、むしろ保護処分としての強度の矯正教育を施すのがより適切な処遇であると考える。

よつて、少年法第五五条により本件を広島家庭裁判所に移送し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり決定する。

(裁判官 西俣信比古 立川共生 野口頼夫)

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